【読書感想】向田理髪店

読書の時間

過疎の町、沈みゆく船で少しだけ光が見える話

(読んだ本)向田理髪店(作:奥田英朗/光文社)

田舎も悪いもんじゃない。

こんな話

 北海道の中央部苫沢町で2店しかない床屋の1つ「向田理髪店」の店主、向田康彦(通称やっちゃん)の身の回りで起きる、小さな町の小さな事件とそれにまつわる町民達の短編集。

目次と軽いお話紹介(私目線)

◆向田理髪店

  一度財政破産を経験した過去を持つ自治体「苫沢町」。将来性も見えないこの町で床屋を営む主人公。そんな主人公の息子が床屋を継ぐために帰ってくると言い出した。息子には町の外で働いてほしいと思っていた主人公ですが、息子は乗り気。床屋に併設してカフェを開くことも考えているようで、主人公の心配は募るばかりであった。

◆祭りのあと

  夏祭りの準備で町が賑わうなか、地域の高齢のおじいちゃんが倒れてしまいます。おじいちゃんは持ち直したものの病院は遠く、奥さんや都会で働く息子さんは大変な様子。それでも時間は過ぎていき…、変化はいつしか日常へと変わっていくのでした。

◆中国からの花嫁

   町内の青年が中国の方とお見合い結婚することになったらしい。でも青年は花嫁さんを紹介する様子はない。町民たちは「それってどうなの?」って雰囲気。結婚で昔苦い思いしたことを知っている主人公は、青年に話を聞きに行くのでした。

◆小さなスナック

   町外で働いていた子が苫沢町に戻ってきてた。魅力的なスナックのママさんにオジサマたちの鼻の下がのびのびの様子。そんななか、主人公の友人が大喧嘩したと言う話が耳に入る。主人公が友人に話を聞いても何があったか教えてもらえませんでした。

◆赤い雪

  苫沢町に映画の撮影隊がやってくる!映画の撮影に対して一喜一憂したり、騒いだり、怒ったり笑、もめたり、手のひら返したり、和解したり、町民達の狂想曲。

◆逃亡者

  苫沢町出身の若者が指名手配されたとニュースになった!被疑者は行方不明、もしかして町に戻ってきているかもしれないと、刑事さんたちやマスコミが町に集まってきた。若者の両親は刑事の張り込みやマスコミのお陰で憔悴している様子、主人公は若者の両親の家へ向かいます。

感想

  田舎の生活は池の水面のようにあまり変化はありません。そこに投じられた1つの石、着水とともに水面が波立ち、静かだった水面に変化が起きます。一見変化のない田舎の日常に投じられる出来事と、それに対して反応し、影響を受けていく人々。噂が一度広がる様子は、波立つ水面にも似ています。

  町という小さなコミュニティでは皆が顔見知りであり、関わり深くコミュニティで生きていくと、近所の人とは家族のように近しい存在になっていきます。田舎の人と人との壁の薄さ・距離の近さは時に信頼と呼べますが、また時には煩わしさを感じてしまう時もあるのです。

 この主人公、各登場人物達との距離感がちょうどいい。田舎の人間関係にありがちな「おせっかいすぎる・過干渉」か感じが強くあるわけでもなく、諦めを持って「人任せ・放任・無関心」とかでもない、人情味あふれる主人公でした。 

 結婚したのにお披露目しない青年に話を聞きに行くシーンがあるのですが、周りが一方的に騒ぎ立てているような意見を押し付けるでもなく、青年の話に耳を傾け寄り添う姿勢は良いなと思いました。青年は心に傷を負っていたのですが、主人公と話して、披露宴を行って、きっとこれからゆっくり前に進んでいくんだろうなと思い心が温かくなりました。花嫁さんがまた明るくて良い人なんですよ!

 これまで色々やってきたけど目立った効果はなく、寂れゆく苫沢町のことを主人公は『沈みかけた船』と作中で言っていました。若者達には沈みかけた船ではなく外で頑張ってほしいという思いを抱えています。それでも若者達は夢を見て、これからこの町で頑張っていこうと熱い思いを抱いていますし、若者は若者達で町民同士の絆の力を築いて行くのです。

 最後に1文『苫沢はこれからいい町になりそうである』とあります。将来性が不透明な「沈みゆく船」かもしれないけど、それでも頑張ろうとしている人がいる限り、この町は大丈夫なんだろうなと思いました。

  この本を読んでいて「どうしようもなくうんざりするような田舎特有の閉塞感」を感じつつ、それでも未来は明るいのかもしれないと思える1冊でした。

余談

  私はこの本を病院の待合室で読んだのですが、私の住んでいる町も田舎で、田舎の総合病院の待合室ではおじいちゃん・おばあちゃん達が井戸端会議をしていたりします。そんな田舎特有のローカルな話題を展開させる井戸端会議を聞きながら、この待合室で交わされる会話は作中で繰り広げられる人々の会話と大差ないのではないかと考えていました。

 我が町も過疎の町と言って差し支えない、規模の小さな町です。年々人口減少の一途をたどり、数少ない若者達は外へ進学・就職して行くことが多いです。さて、そんな我が町の未来は明るいのか?それともこのまま衰退してしまうのか?それは嫌だから、そうならないために私に出来ることってあるかな?とか思いながら本を読んでいました。

 なにか1つでもこの町に出来ることがあれば積極的にやっていきたいと思いました。私の住むこの町を、良い状態で次の世代に渡せたら良いなと思っております。

今日はここまで、それではまた次の本で。

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